最近AIJの企業年金がどうのこうのとテレビやネットで騒がれているが、
高木彬光の『白昼の死角』を読んでいたらこんな文章があった。
「君が歌の文句を引用したから、私は諺で答えよう。世のなかにただほど高いものはな
い。君は、この文句をどう思う?」
「………」
「私は君たちの話を聞いていたときから、その前途に対してはたいへんな不安を持って
いた。物価統制令の違反の件は、たしかに同病相あわれむが、大衆の金を月二割という
条件で集めて、しかもそれ以上の利潤を上げようとするのはてんで無茶な話だ。その条
件をさらに十分の一に切り下げたところで、長く実行はできないだろう。君たちは、そ
のあたりに矛盾を感じないのかね?」
「たしかに……、おっしゃるとおりです」
「投資家の立場になって考えてみたまえ。月二割の利子では年に二十四割、元金は約三
倍半になる計算だ。
これだけの仕事は、株でもなんでも、相当な危険をともなう投機だ
よ。これを手ぶらで、君たちに代行してもらおうというところに、一般大衆の甘さがあ
る。まず、これから半年もすれば、預かってある元金も残らず吹っ飛んでしまうだろう
が、そのとき、投資家大衆は、ただほど高いものはない――という諺の意味をつくづく
悟るだろう。金儲けの技術をただで買おうとしたためのとうぜんの失敗だ」
「………」
「それはまた逆に君たちにも言える言葉だ。こうして大衆から集めてきた金を、君たち
はただ集まったぐらいに思っているだろう。対象が多くなってくれば、注意も分散し、
責任感もうすくなってくるのは人情だ。まして、君たちはまだ年が若い。こうした金を
前にしたとき、酒や女への個人的な欲望がわいて出るのは自然だが、そういうただの酒
や女が、後でどれだけ高くつくか、君たちもまもなく悟るだろう」
七郎は全身を冷や汗にぬらしていた。この人物の恐ろしさの片鱗がようやくわかり出
したのだ。
高木彬光『白昼の死角 新装版』、光文社文庫、2005年8月20日初版、p201-203
赤字は管理人によるもの。
『白昼の死角』は「光クラブ事件」を元にした悪党(ピカレスク)小説。
法の網の目をくぐり犯罪を重ねる天才的知能犯、鶴岡七郎の話。
新装版が出たのは2005年だが、連載は1959~1960年。
AIJについては俺も詳しくないので各自で調べること。
白昼の死角 - Wikipedia
光クラブ事件 - Wikipedia
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